僕の外国語の学び

日本に留学した時、日常会話は当然ながら日本語でしたが、勉強の時は英語でした。今の僕は母国語以外に、日本語、英語と少しの韓国語が話せます。「どうしてキラは色々話せるんだろう?」と思われるかもしれないので、この記事では僕の学び方法ではなく外国語との出会い、いわゆる、バックグラウンドを皆さんにシェアしたいと思います。

外国語の学び歴史

初めての外国語は日本語であった

 ハノイ生まれ育ちだったんですが、6歳の時から父の仕事で家族が日本に移動し、東京で約4年間ぐらい暮らしていました。海外は初めてで、当然ながら、日本のことを知らず、日本語能力もゼロでした。でも、「子供は外国語を学ぶのが早い」とよく言ってます。僕もそうでした。普通の日本人学校に通い、そしてたったの3か月以内で、日常会話ができて、いつの間にか、日本人の子供たちとペラペラしゃべっていました。日本語は第一外国語となりました。しかし、同じ時に、母国語のベトナム語をだんだん忘れてしまいました。僕がベトナム語を忘れないために家族全員がベトナムに帰りました。

再びベトナム語を学んだ

 帰国してから一時的ベトナム語を勉強しました。まるで、日本語が母国語になってベトナム語が外国語になったような感じでした。正直あの頃は本当につらかったです。子供の頃の記憶はあまり残っていないですが、苦労して、泣きながらベトナム語を勉強したことはいまだはっきり覚えています。だって、かなりの逆カルチャーショックでしたから。

英語を学び始めた

 中学校に入ってから、英語を勉強始めました。学校だけでなく、英語センターまで行かせられました。「俺は日本に戻りたいのになぜ英語まで勉強しなければならないの?」とずっと思っていました。でも実は日本語も全然勉強してなくて、だんだん忘れてしまいました。

外国語専攻高校に受けた

 親がその高校に行かせたいため、数学、国語と英語の受験勉強をしました。でも英語の勉強は本当に嫌でした。文法だらけ。中学の時も怠けていて、英語をちゃんと勉強できず、話すことだけが好きでした。

 英語で悩んでいるときに、受ける高校側からお知らせがありました。「今年からは日本語で受けることができる」とのこと。日本語を忘れたけど、英語よりは絶対いいと思い、再び日本語を学び始めました。

3か月の日本語受験勉強

 5年間も勉強しなかったので、漢字はもちろん、カタカナやひらがなまで忘れてしまいました。父は家庭教師を呼んでくれて、週4,5回ぐらい、必死に日本語の勉強をしました。そしてたったの3か月以内で日本語能力が戻り、「日本語の有利があれば絶対に落ちない」と自信をもってその高校に受けました。そして受かった!

高校で日本語を学び続けた

 高校では日本語専攻クラスに入りました。クラスの中では僕みたいに日本に住んでいた子たちは3人しかいません。なので僕もある意味クラスの優秀な生徒でした(日本語だけ笑)。しかし、日本に住んでいたせいかもしれないですが、文法とかの勉強やテストの時は、いつも早く、正しくできたんですが、どうやって説明すればいいのか、それができなかったんです。だって、日本人の子供のように学んでたから、当然ながら文法は勉強しなくても自然に頭に入っていたからです。英語は文法がへたくそで、日本語は文法がうまくできても説明方がわからない、なんだかの中途半端な外国語能力でした。

英語から逃げられなかった

 高校に入って英語を勉強しなくていいと思いきや、第2外国語として勉強しなけれまなりませんでした。しかもまた文法。どうしてベトナム人は文法を学ぶのが好きなんだろう。僕は文法より英会話の方が好きだったんで、時々、友達の親が運営していた英語クラブに週一回ぐらい参加して、そこで、外国人と交流しました。

IELTSを勉強始めた

 IELTSは International English Language Testing Systemで、留学すために必要な英語検定です。高校2年の終わりに、留学のことを考え始めたちょうどその時に、APU立命館大学の人たちが学校に来てプログラムを紹介していました。「グローバル的な環境で英語も日本語も学べる」といった宣伝を広告して僕は「日本で英語を学ぶのか、悪くはない」と思い、初めて、英語を勉強したくなりました。そしてIELTSの試験勉強をしました。英語を集中して、日本語をあまり勉強しなかったため、クラスでの点数がどんどん下がってしまいました。そして約2カ月の勉強でIELTS6.5点を取れました。6.5/9点があればイギリスの大学にも留学できるぐらい、いい点数でした。APUに受けようと思って親に相談したらすぐに反対されました。なぜなら父は、ベトナムの大学に入って、文部科学省の奨学金(MEXT)を受けてほしかったからです。父が描いた道にフォローしてハノイ国家大学外国語大学、日本語教育学科に入学しました。

MEXTを落ちた

 大学2年生になる前に、MEXTの試験を受けました。筆記試験に数学、英語と日本語のテストがあって、日本語が一番よくできたんですが、この試験では日本語テストをしなくても、実は問題なかったんです。なんとか面接まで入りましたが、試験の半年後、日本大使館に電話したら「不合格です」と返事され、一週間ぐらい落ち込んでいました。

YCCSプログラムを受けた

 MEXTを落ちて、もう英語はいったんやめて、日本語を集中すると思ったその時、再び新なチャンスが来ました。横浜国立大学の英語プログラム、YCCS。その時はもう大学2年生を終えたので、留学の申し込みをしたら親に反対しました。しかし、今度は自分で決めたい、自分の道に歩くと決意し、このプログラムを受けました。合格の通知が来て、2014年9月、日本に留学し、2度目の大学生活を始めました。

日本の大学で英語を学んだ

 大学の専門科目は100%英語で学びましたが、日本語クラスも普通に取りました。なので英語も日本語も維持できて、卒業の時と留学前と比べたら外国語能力はかなり上達したと思います。しかし、卒業後は帰国し、周りの環境も変わってもう外国人友達と話す機会がないため、また忘れてしまうのではないかと心配しています。

言語学び計画

 さっきからいろんな話をしていました、まとめて言うと、僕は日本語も英語もしゃべれますが、なんだかんだ中途半端な感じだと思っています。そのため、来年の目標を立てて、その中には言語学び計画が入って、日本語 JLPTN1 (1級)とIELTS 8.0点を取りたいと思います。そして、もし余裕があれば、韓国語もきちんと勉強したいと思います。

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